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| 山下 宏 |
(一社)浄化槽システム協会講師団 |
(月刊浄化槽 2025年11月号) |
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1.はじめに
近年、地震や豪雨などの大規模災害の発生リスクが高まる中、避難所の生活環境整備が大きな課題となっている。特にトイレの問題は、衛生環境の悪化や健康被害に直結し、最悪の場合、災害関連死を引き起こす要因ともなる極めて重要なテーマである。
本稿では、避難所におけるトイレ整備の現状を整理するとともに、避難所トイレへの浄化槽の活用事例を紹介する。 |
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2.避難所のトイレ整備の現状
これまでの大規模災害では、停電や断水、下水道の損壊等で既存の水洗トイレが使用不能となり、衛生環境の悪化による感染症の蔓延や排泄・食事控えによる健康被害の問題が繰り返し報告されている 1)。過去の調査では、6時間以内に約7割の人が排泄の必要を感じており 2)、上記の問題を防ぐには、災害発生後の速やかなトイレ環境の整備が必要不可欠である。
この課題に対応するために、内閣府は「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」を策定して、避難所における災害用トイレの確保のための体制・計画づくり、災害トイレの必要数、衛生管理方法等に関する指針を示している。
しかしながら、自治体の災害トイレの整備状況に目を向けると、「トイレの確保・管理に関する計画・マニュアル」を策定している市町村は全体の約52% 3)、必要なトイレ数を確保している市町村は約28%4)との調査結果もあり、自治体の災害用トイレの整備は十分に進んでいない。(図−1、図−2参照)
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図−1 市町村のトイレ確保・管理に関する計画の
策定状況 (2024年11月調査、n=1,313) |
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図−2 市町村の災害トイレ必要数の確保状況
(2024年5〜7月調査、n=379) |
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次に、自治体が備蓄している災害トイレの種類を図−3に示す 5)。自治体は、主に簡易トイレ、携帯トイレ、マンホールトイレ及び組立トイレ(便槽型)を備蓄するとともに、災害協定等により仮設トイレの確保を図っている。
この中で、簡易トイレ、携帯トイレ及び組立トイレ(便槽型)は、備蓄性や即時性に優れるが、快適性や衛生面に課題があるため、あくまで災害発生後の初期段階での使用が想定される。
仮設トイレは、大人数の利用や長期化時に対応可能だが、災害発生時の道路状況等により設置が遅れるリスクがある。また、定期的な汲み取りが不可欠で、し尿収集車の確保と管理が必要となる。
マンホールトイレは、下水道につながる配管や浄化槽のマンホール上部に設置して使用する。災害初期から長期化時までの使用が可能で、過去の災害では通常のトイレに近い使用感が得られると高い評価を得ている。(図−4参照)
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図−3 自治体が備蓄している災害トイレの種類
(2024年11月時点、n=1,738) |
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図−4 熊本地震で設置されたマンホールトイレ (「マンホールトイレ整備・運用のためのガイドライン2021年版」より) |
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3.避難所への単独処理浄化槽の設置状況
し尿のみを処理して生活雑排水を未処理で放流する単独処理浄化槽は、水質汚濁が社会問題となり、現在は新設が禁止されている。しかしながら、全国にはまだ約336万基(令和5年度末)も残存しており老朽化が懸念されている。このため、特に生活環境や公衆衛生上に重大な支障が懸念されるものを「特定既存単独処理浄化槽」と判定して、合併処理浄化槽への転換促進を図っている。
一方で、避難所となる学校教育施設や集会所等には、令和5年度末時点で約14,700基の単独処理浄化槽が設置されている 6)(表−1参照)。これらの浄化槽は、災害時に破損して漏水による衛生環境の悪化やトイレが使用不能になるリスクがあるため、災害時のトイレ機能確保の観点からも合併処理浄化槽への転換が強く求められている。また、合併処理浄化槽への入れ替えの際には、前述したマンホールトイレを併せて整備することで、さらにトイレ機能のレジリエンス向上に寄与できると考える。
表−1 地方公共団体が所有する単独処理浄化槽
の用途区分別設置基数(令和5年度末) |
| 用途区分 |
基数 |
割合 |
| 住居等 |
8,085 |
20% |
| 学校教育施設 |
8,500 |
21% |
| 公衆便所等 |
7,552 |
19% |
| 集会場等 |
6,208 |
16% |
| 庁舎等 |
1,947 |
5% |
| 消防署・警察署 |
1,475 |
4% |
| 観光保養施設等 |
1,255 |
3% |
| 廃棄物処理浄水施設等 |
1,161 |
3% |
| 病院等 |
255 |
1% |
| 保健所等 |
44 |
0% |
| その他 |
2,753 |
7% |
| 不 明 |
315 |
1% |
| 合 計 |
39,550 |
100% |
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4.浄化槽の活用事例
これまでに、災害時に復旧活動を行うための防災拠点や、学校・集会所などの指定避難所等に、災害時の活用を目的とした浄化槽の設置事例が報告されている 7)。多くの事例がある中でのごく一部であるが、以下に2つの事例を紹介する。
(事例1)近畿圏臨海防災センター
近畿圏臨海防災センターは、近畿圏で大規模な災害が発生した際に被災者支援の拠点となる施設である。この防災センターには、施設が被災した場合でも防災拠点としての機能を維持するために、自家発電装置や海水淡水化装置等が整備され、さらに平時に使用する下水道とは別にFRP製の浄化槽が設置されている。災害時に下水道施設が被災して汚水を流せなくなった場合でも、配管操作により汚水の流れを浄化槽に切り替えることで、トイレの使用が可能となる。
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| 図−5 近畿圏臨海防災センターの施設全景 |
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図−6 近畿圏臨海防災センターに設置されて
いる浄化槽(FRP製) |
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(事例2)豊橋市立天伯小学校
豊橋市立天伯小学校は、豊橋市の第二指定避難所(第一指定避難所の収容能力が超えた場合に開設する避難所)に指定されている施設であり、太陽光発電設備等を設置して防災機能の強化を図っている。本施設には、沈殿分離・接触ばっ気方式のRC製の浄化槽が設置されており、沈殿分離槽上部のマンホールに災害用マンホールトイレ専用蓋が設置されている。災害時は、ここにマンホールトイレを設置することで、トイレの使用が可能となる。
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| 図−7 豊橋市立天伯小学校の全景 |
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図−8 豊橋市立天伯小学校に設置されている
浄化槽(RC製) |
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図−9 沈殿分離槽上部のマンホール蓋の例
(災害用マンホールトイレ蓋を設置) |
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上記の事例以外にも、避難所トイレへの浄化槽の活用方法が提案されている 8)。図−10は、浄化槽処理区域に避難所トイレ用浄化槽を設置する場合の例である。平時には雨水貯留槽として利用し、災害時に溜めた雨水を別の水槽に移してトイレ洗浄水として利用する。また、浄化槽のマンホール蓋もしくは上流側の配管上部にマンホールトイレを設置することで、災害時にトイレ数が不足した場合に対応する。
図−11は、下水道処理区域に設置する場合の例である。下水道が被災して使用不能になった場合には、排水管路を切り替えて浄化槽で汚水を処理することでトイレの使用が可能となる。
最後に、避難所となる施設に浄化槽を設置する際に留意すべき事項の一例を記載する。
| ・ |
災害時の避難者数を想定した浄化槽の選定 |
| ・ |
耐震化、浮上防止及び逆流対策 (配管接続部への可とう配管設置、支柱工事、浮上防止工事、 放流管への逆流防止弁設置等) |
| ・ |
非常用電源の確保(小型発電機、蓄電池等) |
| ・ |
付帯機器、消耗品(消毒剤等)の確保 |
| ・ |
平時のメンテナンス、災害時の運用計画の策定 |
| ・ |
関係機関(業者)との災害協定等の締結 |
| ・ |
災害時を想定した訓練の実施 等 |
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図−10 分散型避難所トイレシステム
(浄化槽処理区域の設置例) |
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図−11 分散型避難所トイレシステム
(下水道処理区域の設置例) |
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5.おわりに
避難所のトイレの問題は、大規模災害のたびに繰り返される深刻な社会問題でありながら、現状ではトイレ環境の整備が十分に進んでいない。また、災害時に避難所となる施設には、老朽化の懸念のある単独処理浄化槽が多く設置されており、災害時にトイレが機能しないリスクも存在する。
災害時に避難所のトイレ機能を確保するには、災害トイレの備蓄だけでなく、既存トイレのレジリエンス向上が不可欠である。浄化槽の活用は、その有効な解決策の一つであると考える。
6.参考文献
| 1) |
特定非営利活動法人日本トイレ研究所(2024),トイレ衛生対策6 能登半島地震のトイレ |
| 2) |
岡山朋子ら(2018)、平成28年熊本地震「避難生活におけるトイレに関するアンケート」 |
| 3) |
内閣府防災担当、避難所における生活環境の確保に向けた取り組み事例集(令和6年3月) |
| 4) |
特定非営利活動法人日本トイレ研究所(2024)、地方公共団体における災害時のトイレ対策に関するアンケート調査(2024年9月20日) |
| 5) |
内閣府防災担当、災害用物資・機材等の備蓄状況に関する調査結果(令和7年1月9日) |
| 6) |
環境省環境再生・資源循環局、令和6年度浄化槽の指導普及に関する調査結果(令和7年3月) |
| 7) |
一般社団法人浄化槽システム協会、令和6年度次世代浄化槽システムに関する調査検討業務報告書(令和7年3月) |
| 8) |
橋静雄(2022)、浄化槽を活用した避難所トイレシステム、月刊浄化槽、No.559、15-21 |
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| ((株)ハウステック住機環境事業企画部) |
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