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中村 智明 |
(一社)浄化槽システム協会講師団 |
(月刊浄化槽 2021年5月号) |
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1.はじめに
国内の浄化槽設置基数は平成30年度で755万基である。その中で設置してから40年以上経過している浄化槽は推計で約100万基あり、11条検査の結果から、変形、漏水等をしている事例が6000件あると報告されている 1)。令和元年6月19日の改正浄化槽法では、特定既存単独浄化槽は都道府県知事が除却その他生活環境の保全及び公衆衛生上必要な措置をとるよう助言または指導をすることとなっており、今後、老朽化した浄化槽の補修工事件数は増加していくことが予想される。
補修工事にあたっては、関係法規の規定に従い安全設備、仮設物機材等の整備を行い、労働災害の防止に十分留意した安全・衛生管理を行う必要がある。
本稿では、浄化槽の補修工事において、留意すべき安全対策(酸素欠乏等対策・有機溶剤対策・粉塵対策)と、衛生対策(感染症予防対策)について述べる。 |
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2.安全管理
(1)酸素欠乏等対策 2)
浄化槽内での作業環境は、酸素濃度が18%以上、硫化水槽濃度が10ppm以下を保持する必要がある(図-1)。通常は槽内作業前に水抜き清掃を行うため、酸素欠乏等の原因物質(汚水・汚泥等)は除去されているが、そのような場合でも計測器により酸素濃度、硫化水槽濃度を測定し、数値を確認の上作業を開始する必要がある。
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図-1 酸素・硫化水素濃度と症状 |
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槽内作業のある現場では、有資格者「酸素欠乏作業主任者技能講習または、酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習を修了した作業主任者」を選任し、作業主任者の氏名と職務を掲示する(写真-1)。 |
A |
転落事故を防止するため、開口部は短管パイプ等を用いて養生する(写真-2)。 |
B |
送風機で槽内に外気を強制導入する(写真-2)。または、送気マスクにより作業者へ外気を供給する。 |
C |
作業主任者は作業前、作業休憩後に槽内の酸素濃度、硫化水槽濃度の数値を測定し、記録を行う(写真-3、写真-4)。 |
D |
測定器は測定器メーカーが推奨する頻度で校正を行う。 |
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写真-1 「作業主任者の職務」の掲示 |
写真-2 開口養生および槽内換気状況 |
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写真-3 槽内酸素濃度計測状況 |
写真-4 作業者、測定結果の掲示 |
(2)有機溶剤対策 3)
補修作業で使用されるアセトン、トルエン、メタノール等の有機溶剤は第2種有機溶剤として規定されている。そのため、有機溶剤中毒予防規則に基づく中毒症の防止処置や、消防法等関係法規に基づく火災・爆発に対する適法な安全対策を講じる必要がある。
また、スチレンは、FRPの母材である不飽和ポリエステル樹脂に40〜50%含まれているが、IARC(国際がん研究機関)の発がん性分類では「2B:この物質は人に対しておそらく発がん性を示す可能性がある」と分類されている。平成26年の厚生労働省の関係法令の改正 4)で、特定化学物質の第2類物質(特別有機溶剤等)に位置づけられ、規制内容が第2種有機溶剤と異なっているので留意が必要である。
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有機溶剤を使用する作業では、有資格者「有機溶剤作業主任者」を選任し、作業主任者の氏名と職務を掲示する(写真-1)。 |
A |
不飽和ポリエステル樹脂を一定量以上扱う事業所は、「有機溶剤作業主任者」講習終了者の中から特定化学物質作業主任者を選任し、作業記録、特殊健康診断の実施等を行う。 |
B |
槽内作業に際し有機溶剤ガスが滞留しないよう、送風機で槽内に外気を導入する。 |
C |
有機溶剤の吸引、経皮吸収を防ぐため、保護具(保護メガネ、ゴム手袋、有毒ガス用防毒マスクまたは送気マスク)を身に着ける(写真-5、写真-6)。 |
D |
FRPマットに樹脂を含侵する作業などは極力風通しのよい槽外で行う。 |
E |
喫煙所は作業場所、材料保存場所から離れた所に設けるとともに、水ばけつ、消火器を常備する。 |
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写真-5 有機ガス用マスク・吸収缶 |
写真-6 有機溶剤作業装備 |
(3)粉塵対策
FRPの切断や積層前に接着面をサンディングする際に粉塵(ガラス繊維の粉)が発生する。これを原因として作業者が皮膚炎や気管支炎となる場合がある。作業者が粉塵を吸い込まないように防塵マスク等により保護するとともに、換気ファンからの粉塵飛散対策も行う必要がある。
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ガラス繊維が皮膚に刺さらないよう、全身を覆う防護服と保護メガネを使用する(写真-7)。 |
A |
粉塵を吸い込まないよう、防塵マスクを使用する(写真7)。 |
B |
発生した粉塵を換気ファンで吸い出すとともに、集塵袋により粉塵を捕集する。 |
C |
作業場から離れた場所に休憩所を設ける。 |
D |
皮膚に付着した粉塵を除去するための洗浄設備を設け、作業終了後は手洗い・うがいを励行する。 |
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写真-7 粉塵発生作業状況 |
(4)その他注意事項
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作業場所に関係者以外が立ち入らないよう、安全柵等を用いて作業エリアを区切る。 |
A |
作業は常に整理整頓を心がけ、後ずさりでの作業をしない。 |
B |
事故発生時に通報できるよう、単独での作業は可能な限り避ける。 |
C |
電動機材を使用または修理する際は、ゴム手袋等を装着し感電事故を防止する。 |
D |
作業終了時には開口の蓋を確実に閉める。翌日に渡って開口を開放する必要がある場合は、安全柵+夜間照明等により開口部を明確にし、転落事故を防止する。 |
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3.衛生管理
浄化槽は、し尿および生活雑排水を処理する設備であり、流入水や槽内水、汚泥には病原体が含まれている可能性がある。補修作業前の水抜き・清掃工程では、作業者は病原微生物に感染するリスクを十分認識して作業を行う必要がある。
(1)補修浄化槽の洗浄
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汚水や汚泥を抜き取った後、槽内を洗浄する際は、除去物質の飛散に留意する。 |
A |
洗浄完了後は次亜塩素酸を添加した水で槽内の消毒を行う。 |
B |
槽内作業時は作業完了まで十分な換気を行う。 |
C |
電動機材を使用または修理する際は、ゴム手袋等を装着し感電事故を防止する。 |
D |
洗浄時の汚水や槽内残留物および汚泥等の廃棄物は、当該地域の自治体で定める方法により、適切に処分する。 |
(2)作業者の衛生対策
@ |
経口感染の防止
・槽内水の飛沫等による感染を防止するため、作業時には、作業専用服、作業靴、ゴム手袋、マスクや目の保護用ゴーグル等も必要に応じて使用する。
・飲食や喫煙の前などには、消毒効果のある石鹸、薬剤等を用いた手洗いを励行し、手指を介した経口感染を防止する。 |
A |
傷口等を経由した感染の防止
・完治していない傷口があるときは、露出して作業を行わない。
・作業時に負傷した場合は、傷口を水道水で洗浄して患部にあった外皮用殺菌消毒剤を使用し、状態に応じて医師の診断を受ける。 |
B |
二次感染の防止
・作業服や帽子、作業靴等は清潔なものを着用する。
・現場からの退出時(一時退出を含む)には、消毒効果のある石鹸、薬剤などを用いた手洗いを励行する。
・作業時に着用した作業服や帽子、作業靴等は、現場からの退出時(一時退出を含む)に着替えることが望ましい。
・作業に使用した器具・機材等は使用後、必ず洗浄し、必要に応じて消毒する。 |
(3)浄化槽における新型コロナウイルスについて
2021年3月現在、新型コロナウイルス感染者数は下げ止まりの傾向にあり、予断を許さない状況が続いている。浄化槽におけるウイルスの挙動や消毒の効果については、正しく理解する必要があり、環境省の通達の概要 5)を以下に示す。
@ |
下水処理過程でのウイルスの失活について
新型コロナウイルスは、8時間程度の滞留時間を要する一般的な下水処理(pH7〜8)の過程で、十分失活させることが可能である。 |
A |
塩素処理の効果について
生物処理後に塩素処理を行い、大腸菌群数を十分低減することで、感染リスクを相当程度低減することが可能である。 |
B |
現場作業における対策について
新型コロナウイルス感染者の糞便からウイルスは検出されるので、流入汚水や汚泥、それらが飛散したものが人体、衣服、用具に付着し、感染するリスクがある。上記(2)の記載事項を確実に励行することが感染予防の上で重要である。 |
モノ、手指に対する消毒・除菌方法については、厚生労働省ホームページ 6)に記載があり、作業者の衛生対策としても活用できる(表-2に概要をまとめる)。
表-2 モノ、手指に対する消毒・除菌方法一覧 |
方法 |
モノ |
手指 |
要領 |
水及び石鹸による洗浄 |
○ |
○ |
流水で15秒洗うとウイルスは1/100に減少。石鹸等で10秒もみ洗いし、流水で15秒すすぐと1万分の1に減少 |
熱水 |
○ |
× |
80℃の熱水に10分間さらす |
アルコール消毒液
濃度70〜95%のエタノール |
○ |
○ |
手洗いができない時は、アルコール消毒も有効
60%台の濃度でも一定の消毒効果あり |
次亜塩素酸ナトリウム水溶液
(塩素系漂白剤) |
○ |
× |
次亜塩素酸ナトリウムの濃度が0.05%になるように希釈して使用。酸性のものと混ぜない |
手指用以外の界面活性剤
(洗剤) |
○ |
−
(未評価) |
市販の家庭用洗剤に含まれる一部の界面活性剤(9種類)で消毒効果あり(NITEウェブサイト参照) |
次亜塩素酸水
(一定条件を満たすもの) |
○ |
−
(未評価) |
次亜塩素酸ナトリウムを薄めても次亜塩素酸水にはならない。汚れをあらかじめ落としてから使用。不安定な物質であり、保存方法・期間に注意 |
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5.おわりに
新型コロナウイルスが蔓延している一方で、インフルエンザ患者数は例年の1/100に減少した。これは、マスクや手洗いなど基本となる予防を徹底した結果と言われている。安全管理も同様で、基本となる確認作業や必要装備の着用を確実に実行することが何よりも対策となる。数分で済む作業を省略したために、取り返しのつかない事態とならないよう、有資格者の下で災害防止に努めることが大切である。
参考文献 |
1) |
環境省ホームページ(浄化槽サイト)
改正浄化槽法の施行に向けた対応方針(令和元年12月) 浄化槽リノベーション推進委員会 |
2) |
酸素欠乏作業主任者テキスト 中央労働災害防止協会 |
3) |
有機溶剤作業主任者テキスト 中央労働災害防止協会 |
4) |
厚生労働省労働基準局 安全衛生部化学物質対策課
特定化学物質障害予防規則等関係法令改正説明会資料(クロロホルム他9物質を中心に) |
5) |
環境省ホームページ(浄化槽サイト)
事務連絡 新型コロナウイルス感染症に係る知見の提供(令和2年4月10日) |
6) |
厚生労働省ホームページ(厚生労働省・経済産業省・消費者庁特設ページ)
新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について |
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((株)西原ネオ 技術部) |
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