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セルロース系バイオマス資源としてのし尿・浄化槽汚泥
木村 舞 (一社)浄化槽システム協会講師団 (月刊浄化槽 2019年 5月号)
1.はじめに
2.セルロースとは
3.し尿・下水汚泥からのバイオエタノール製造
4.おわりに
1.はじめに

 浄化槽の性能評価試験においてSSの調整にトイレットペーパーが使われているように、生活排水中にはトイレットペーパーがSS分として多く含まれている。トイレットペーパーの原料はパルプであり、このパルプ繊維はかなり純度の高いセルロースで形成されている。セルロースは冷水・熱水はもちろん一般的な有機溶媒には溶解しない強固な物質であり、そのため、浄化槽に流入してきたトイレットペーパーは貯留汚泥の約64%を占めるとの試算もある1)2)
 一方、国内におけるし尿・浄化槽汚泥は約2,088万kLで、そのうち、ごみ堆肥化施設およびメタン化施設でおよそ6万kL, 農地還元で2万kLが再資源化されているが3)、残り2,080万kLは未利用となっている。近年では環境問題と資源枯渇対策の観点から、再生利用可能な物質を原料にバイオエタノールをはじめとした化石燃料代替物質や有価物を生産する動きが国を挙げて進められており、賦存量や食物との競合が起こらない点でセルロースは注目されている。
 ここで、年間に発生するし尿・浄化槽汚泥を濃度2%と仮定して、し尿・浄化槽汚泥の未利用賦存量を算出すると、およそ42万tとなった。これを今後、国の方針として資源利用目標が設定されている代表的なセルロース系バイオマス4)と比較してみると(図1)、製材工場等残材、建設発生木材よりも高い値となり、賦存量としては十分に検討価値があると考えられた。さらに、下水汚泥と合算して考えるとその未利用賦存量は最も多く、利用技術の価値はさらに高まると考えられる。
 以上より、本稿ではし尿・浄化槽汚泥をセルロース系バイオエタノール原料資源と捉えた場合の可能性について記載する。
 
図1 代表的なバイオマスと国内の未利用賦存量
(文献 3) 4) 記載の数値をもとに算出して作成)
 
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2.セルロースとは 5)6)
 
  セルロースは植物細胞壁の主要な構成物であり、グルコースがβ-1,4グルコシド結合で連なった直鎖状の多糖類(図2)である。植物細胞壁中のセルロースは、ヘミセルロース、リグニンと呼ばれる高分子化合物と複雑に絡み合い、リグノセルロース構造を形成している。リグノセルロース構造はよく鉄筋コンクリートにたとえられ、セルロースはその中で鉄骨のような役割を担っている。また、セルロースはβ-1,4グルコシド結合の加水分解によってグルコース(図3)となるが、この反応は糖化と呼ばれ、酸もしくはセルロース分解酵素(セルラーゼ)の作用による。
 セルロースの最小単位であるグルコースは水酸基を多数持つが、この水酸基は隣り合うセルロースの水酸基とシート状に分子間で水素結合を形成しているため、セルロースは極性が高いにもかかわらず、水に不溶な性質を持つ強固な物質となっている。また、天然におけるセルロースの重合度は1000〜10000超まで様々であり、このセルロース鎖同士もまた前述の水素結合の他に、水酸化物の架橋、分子間力などによって多様かつ複雑な構造を形成しているため、同じセルロースであっても由来となる生物によって大きく性質が異なる。

図2 セルロースの構造 5)
(文献 5) p56図3-1に加筆)

図3 グルコースの構造
(構造中に6個の炭素が含まれる六炭糖の一種)
 
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3.し尿・下水汚泥からのバイオエタノール製造
 
 し尿・浄化槽汚泥からのバイオエタノール製造において、想定される工程を図4に示す。また、各工程においてし尿・浄化槽汚泥を使用する利点や課題について以下に述べる。

図4 し尿・浄化槽汚泥からのバイオエタノール製造想定工程図

3-1. 収集・運搬
3-1-1. 収集・運搬技術の現状 4)7)8)
 未利用のバイオマスを活用する上で、第一の障壁となるのがこの収集運搬のコストである。図1の代表的なバイオマスごとに見てみると、紙は現時点ですでに全賦存量の81%が古紙として再利用されている。未利用となっている紙の多くは蔵書・壁紙・衛生用品として継続して利用されているとも言われており、回収は困難との報告もある。
 材についてみてみると、製材工場等残材、建設発生木材については主に燃焼して熱源とするなどの利用が進んでおり、近い将来再利用率が100%に達する可能性がある。一方、林地残材は全賦存量が未利用とされているが、調達に要するコストが1tあたり15000円〜30000円との試算もあり、利用できずにいるのが現状である。林地残材利用の先進国であるオーストリアの山間地では2000〜3500円/tで収集可能であるとの報告もあり、林業機械の発達が必須となる。
  また、作物非食用部に該当する草本類では国内における主食の副産物である稲わらが最も有望とされているが、湿った水田での乾燥に困難が伴うこと、圃場からの搬出や収集は能率が悪いこと、重量あたりの「かさ」が大きいために貯蔵・保管が容易でないことが課題となっている。そこで、稲わらを細かく裁断して保管・運搬する手法が検討されているが、運搬距離30km以内に留めることができなければ、バイオエタノール原料としてのコストには見合わないという報告もある。

3-1-2. し尿・浄化槽汚泥の収集運搬
 し尿・浄化槽汚泥は現時点で収集運搬・集積が行われていることから、再利用に際して新たな技術や機械の開発を必要としない。このため、新たに発生する収集運搬コストは低く見積もることができる。

3-2.糖化
3-2-1.糖化技術の現状 5)
 セルロースを分解しエタノール発酵微生物が利用できる糖を遊離する工程であり、具体的にはセルロース鎖のβ-1,4グルコシド結合を加水分解して最小単位のグルコースにする工程である。加圧熱水分解などの物理的処理、主に硫酸を使用した化学的処理、生物や生物の生産する酵素を用いた生物的処理に大別される。プラント規模ではこれまで主に物理・化学的処理が用いられてきたが、これらの処理は短時間での処理が可能である一方、処理強度が高く運転制御が難しいため、エネルギーロスが多く、設備や廃棄物の処理等にコストがかかる短所を持つ。そこで、近年では温和な温度・圧力条件下で糖化反応を進行できる酵素を用いた処理が検討されており、今後のバイオエタノールの中心技術として研究・開発が進められている。
 原料別の特徴を見てみると、紙バイオマス原料の糖化では単純にセルロースを分解してグルコースを生成できるが、木や草の糖化ではまずリグノセルロース構造の分解が必要となる。リグノセルロース構造の分解処理手法の多くは糖化処理手法に準じる点が多く、物理・化学的処理手法では温度や圧力、酸強度、pHなどの条件を変更させることで、糖化の延長のような形でも実施することが可能である。しかし、酵素糖化法ではリグノセルロース分解に使用する薬剤や分解によって発生する成分により糖化阻害が起こる可能性があるため、リグノセルロース構造の分解と糖化の工程は別に行う場合も多く、間に分離や中和、洗浄など、不要成分を無毒化または除去する工程が入る。

3-2-2.し尿・浄化槽汚泥の糖化
 トイレットペーパーが主となるし尿・浄化槽汚泥では、リグノセルロース構造を持たないことから直接酵素糖化が可能である面で、木・草に比べて有利であると考えられる。また、紙としてもインクや特殊加工がなく水にほぐれ易いトイレットペーパーは効率的に酵素反応が進むと考えられ、他の紙バイオマスよりも酵素量・反応時間を抑えることが出来る可能性があり、酵素糖化処理を選択した場合のメリットは大きい。
 ただし、汚泥中には多量の微生物が生息しているため、生成したグルコースが後段へ進む前に消費されてしまうことが想定され、糖化に先立って滅菌・殺菌などの前処理が必要となる。しかし、滅菌・殺菌には蒸煮処理など比較的穏やかな条件での処理が選択可能なことから、分離・洗浄までが必要となる阻害物の発生は考えにくい。さらに、前処理の条件によっては汚泥に含まれるトイレットペーパー以外の多糖類(食物残渣等)もバイオエタノール原料成分として追加され、糖化効率の向上が期待できる。

3-3.発酵
3-3-1.エタノール発酵技術の現状 5)
 発酵とは、本来微生物が嫌気条件下でエネルギーを得るために有機化合物を分解して、アルコール・有機酸・二酸化炭素などを生成する過程全てを指すが、バイオエタノール製造では単糖からエタノールを生成する過程をさす。
 工業利用されているエタノールの製造は、糖類を原料として微生物作用により生成するエタノール発酵とエチレンからの有機合成による2種類の方法が用いられているが、大部分は前者により製造されている。エタノール発酵に用いられる微生物でもっとも一般的なものがパン酵母などに代表されるSaccharomyces cerevisiaeであり、嫌気条件下で1分子のグルコース(フルクトースなど、六炭糖であれば利用可能)から、2分子のエタノールと2分子の二酸化炭素を生成し、2分子のATP(生命活動を維持するためのエネルギーとなる)を獲得する過程がこれに該当する(図5)。しかし、S. cerevisiaeはグルコースをはじめとした六炭糖しか利用することができず、木・草原料由来の糖液に含まれるヘミセルロース由来の五炭糖はエタノールに変換することができない。このため、五炭糖をエタノール変換できる微生物の探索・研究が進められているが、遺伝子組み換え生物が中心となっており、発酵後残渣等の廃棄物処理が課題となっている。

3-3-2.し尿・浄化槽汚泥糖化液のエタノール発酵
し尿・浄化槽汚泥糖化液のエタノール発酵において、発酵対象は主にトイレットペーパー由来のグルコースとなるため、五炭糖を対象とする必要はなく、現行のS. cerevisiaeによる発酵が採用できる。また、リグノセルロース分解由来の発酵阻害物質が原料中に存在しないことから、発酵阻害が起きる可能性も除外することができる。さらに、強度の高い薬剤や遺伝子組み換え生物などを使用しないため、発酵残渣処理コストも低く見積もることができる。

図5 S.cerevisiaeのアルコール発酵模式図

3-4.濃縮
3-4-1.濃縮技術の現状 5)
バイオエタノールの製造目的は化石燃料であるガソリンの代替であるため、ガソリンと同等に扱えるよう、濃度99.5%以上に濃縮することが必要となる。エタノールの濃縮技術では、逆浸透法や超臨界ガス抽出法、超音波霧化法なども研究はされているが、工業生産規模の多量なエタノール発酵液の濃縮方法は蒸留法のみとなっているため、エタノールと水の共沸組成である95.6%(1気圧下におけるエタノール水溶液の共沸点78.15℃の時の組成)まで蒸留した溶液をさらに吸着や膜分離で脱水し、99.5%以上とする必要がある。この蒸留にかかるエネルギーは、元のエタノール発酵液の濃度に大きく左右されるため、なるべく高濃度のエタノール発酵液を得ることが重要である。例えば、エタノール濃度5%の発酵液から1Lの製品バイオエタノールを得るためには、およそ20Lの発酵液を投入し、19Lの排水を含む副生産物を排出することとなる。

3-4-2.し尿・浄化槽汚泥エタノールの濃縮
  既存の蒸留・脱水技術をそのまま採用できる。
 
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4.おわりに
 
  現在、し尿・浄化槽汚泥の主な処理施設であるし尿処理施設では、し尿処理設備の老朽化とそれに伴う処理機能の低下、適正な整備運営に対するし尿処理財源の減少などから、施設の更新・広域化が求められている。またその際、し尿・浄化槽汚泥を廃棄物系バイオマスと捉えた利活用の促進も社会的な要求事項として掲げられている 9)
 汚泥系バイオマスの利活用はバイオガスや熱エネルギーが主であるが、もし、し尿・浄化槽汚泥をセルロース系バイオマスとして扱うことができるのであれば、現場での利用が基本となるガスや熱エネルギーよりも保管・移動・変換が容易なことで物質的価値の高いエタノールや糖を生産することができ、より安定したし尿・浄化槽処理施設の運営にもつなげられる可能性が期待できる。
 今回、想定される技術を検討した結果では、し尿・浄化槽汚泥は賦存量も多く、既存技術で大きなデメリット無くエタノール製造が可能と考えられ、セルロース系バイオマス原料として一考の価値はあるのではないかと思われた。しかしそのために必要なし尿・浄化槽汚泥の成分組成解析、および、糖化発酵試験による汚泥1sあたりのエタノール収率などのデータは検索した限り少なく、下水道汚泥を使用したラボスケール試験の検討結果が1件10)見つけられたのみであった。
 今回の想定は個人が調べた限りのものであり、汚泥中のセルロース利活用には本稿では想定しなかった大きな障壁があるのかもしれない。機会があれば、この障壁が何なのか、なぜ汚泥がセルロース系バイオマス資源としてあまり注目されていないのか、より深く調査してみたい。


参考文献
1) 足立清和:JSAだより 浄化槽に対するトイレットペーパーの負荷, 月刊浄化槽, 2012年8月号, (財)日本環境整備教育センター
2) 足立清和:JSAだより 浄化槽に対するトイレットペーパーの負荷(その2), 月刊浄化槽, 2013年9月号, (財)日本環境整備教育センター
3) 環境省:環境・循環型社会・生物多様性白書平成30年版, 第3章 循環型社会の形成
4) バイオマス活用推進基本計画の変更について, 平成28年9月16日閣議決定
5) 五十嵐泰夫、斉木隆 監修:わら等バイオマスからのエタノール生産
6) 杉山淳司、堀川祥生:セルロースミクロフィブリルと結晶多形, 木材学会誌, vol.54, No.2, p49-57, 2008
7) バイオ燃料革新協議会:バイオ燃料技術革新計画, 平成20年3月
8) 佐賀清崇、芋生憲司、横山伸也、藤本真司、柳田高志、美濃輪智朗:バイオエタノール生産に向けた稲わらの収集運搬作業体系に関する研究, Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 29, No.6, 2008
9) 環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部廃棄物対策課:し尿処理広域化マニュアル, 平成22年3月
10) 宗宮功、小野芳朗、宮田篤:汚泥の糖化・発酵に関する研究, 環境技術, Vol. 16, No.6, 1987
  (ニッコー株式会社 技術開発部)
 
 
 
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